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サラリーマンを20年続けたからこそ理解できた『たけしの挑戦状』の教えてくれた大切なこと

あきとよ
あきとよ
おつかれさまです!

あきとよ(@life_3_sikou)です。

本日もいっしょに楽しみましょう!

今回は”ファミコン”について書きます。

 

今までの僕はゲームをなんとなく遊んでいただけだったのですが歳を重ねていくうちに”ゲームから何を学べるか?”という思考に変わりつつあり、あらためてゲームと向き合うことで新しい発見ができないか考えたわけです。

 

至らぬところは多々あると思いますが最後まで読んでくださるとうれしいです!

プレイしてから約30年がたってようやくまともに考えられるようになった

人生を長く生きていれば『挫折』や『諦める』ということは多々あります。

 

僕はあまり取り柄のない少年だったのですが、ファミコンだけにはものすごく自信がありました。

 

そんななか、本気で挑んだことに対して『挫折して諦める』というある種の屈辱を人生で初めて味わったゲームこそが今回ご紹介する。

 

『たけしの挑戦状』です。

 

言わずと知れた最も有名なクソゲーなだけに名前だけでも聞いたことのある人も多いはずです。

 

さて、ゲームを諦めてさらに社会にもまれてから約30年の月日がたちました。

 

あらためて『たけしの挑戦状』について考えてみようと思います。

たけしの挑戦状がクソゲーと呼ばれた理由について

まずはじめに僕が小学生時代にプレイした感想を踏まえた上でクソゲーと呼ばれる理由について考えてみました。(個人の主観なのでもしかしたらそう感じない方もいるかもしれませんのでご了承ください)

 

  1. ほぼゲーム中はノーヒントのため最初に何をしていいかさえわからない
  2. 本来のゲームの目的は宝探しであるがそもそも説明書を見ないとそれすらわからない
  3. 通常では思いつかない(ほぼ裏技ではないかと思わせるほど)ことこそが正攻法である
  4. ゲームオーバーになってしまうと最初からやり直し(あるコマンドを入力することで復活は可能である)
  5. シューティング面が極めて難しくて心が折れる
  6. 間違ったフラグを立てると先に進めずリセットするしかない
  7. IIコンのマイクを使用する必要性がある(実際には使わないで済む方法もある)
  8. リアルな時間で待たないと地図が反映しない
  9. ゲーム中に無駄な要素が多いため迷走する
  10. 所持金が不足し場合によってはそれまでの努力が無駄になる(無駄なことができない)

 

ゲームについてのより詳しい情報についてはこちらにて紹介されていますので参考にしてください!

インターネットが普及していない時代に攻略は不可能だった!?

キャッチコピーは”謎を解けるか。一億人。”と題されたゲームで小学生のころには何かとクリアができないファミコンソフトが多く存在しましたが、時間をかければだいたいはクリアできました。しかし「たけしの挑戦状」に至ってはどうやっても無理でした。

 

僕がプレイしていたの小学生2年生ぐらいのころなのですが、当時はインターネットが普及していませんでした。

 

当然のことながら攻略サイトやSNSといった情報がないのでほぼ”ともだちの口コミ情報”での攻略もしくは”ファミ通”などのゲーム雑誌での情報がメインでした。

 

ちなみに僕は有名な”ハンググライダーでのシューティング”でどこで降りて良いかわからずに挫折して止めました。(シューティング画面の最後の島をこえて山に激突してどこに行けば良いかわからず心が折れました)

 

それでも、当時は口コミでさまざまな”ぱすわーど”が出回っていましたので断片的にですが最後のステージの存在は知っていました。

 

現在は攻略サイトが多く存在していますので謎を解く必要はないのですが、それでもゲームそのものは難しいですし、シューティング面での1発勝負は今プレイしたとしても心が折れます。

 

現在ではファミコンがなくともアプリで配信されていますし攻略情報も潤沢に存在します。

最近になって攻略本を読んだ結果

多くのプレイヤーを絶望させた『たけしの挑戦状』なのですが結果的に2冊の攻略本が太田出版から発売されます。

 

僕が攻略本の存在を知ったのは大人になってからのことでした。

 

存在を知ったときには懐かしくブログのネタにもなるだろうとプレミア価格でしたが発売された2冊の攻略本を購入し読んでみました。

 

たけしの挑戦状_攻略本

 

以下については僕が既にインターネットですべての攻略情報を知っている前提での感想です。

最初に発売された攻略本に関してどちらかというと抽象的な表現が多くゲーム全体の内容について解説されています。

主に行く必要のない場所や無駄な行動についても掲載されています。

そのため知らない人にとっては何が重要なのかがわからず余計に混乱するのではないかと思います。どちらかというと説明書に近い印象です。

「自分の頭で考えなさい」というメッセージが込められているようにも思えます。

2冊目に発売された攻略本についてはこのゲームで本来は何をすべきなのかにフォーカスされ余計な情報が排除され、よりクリアを目的とした内容になり、ビートたけしさんのコメントが大変興味深いです。

かの有名な例のエンデイングをより”具体的に文章で表現している”ようにも捉えられます。

□参考文献□
太田出版 たけしの挑戦状虎の巻
太田出版 たけしの挑戦状虎の巻II

 

もしかしたらご自身の力ででクリアをされた方もいるのかもしれませんが、たけしさんご本人も最初に発売された攻略本を見ながらプレイされたようですが、クリアはできなかったそうです。

 

余談ですが、ゲーム内容や攻略情報が潤沢な状況で現在の小学生がプレイした結果が記事になっています!

理不尽なゲーム性と現在を照らし合わせる

さて、ここで少し視点を変えてみます。

 

理不尽なゲーム性を難度が高いに置き換えた場合に一応は正解があるのであれば論理的に正解を導き出せるのではないか?という仮説です。

 

ただし、試行する回数が多いので当時の状況でさらに小学生にそれができるかというと厳しかったのかも知れません。それでも考え抜いてくうちに答えは少しずつ導きだされたはずです。

 

もし、発売当時にインターネットが普及している状態なら小学生でも謎は解かれていたかもしれません。

 

この発想が別な何かに共通しないだろうかと考えたときにこんなことを思いつきました。

 

2020年から小学校でのプログラミング教育の必修化が決定されたこと。

 

3月上旬に某家電量販店に買い物目的で足を運んだときのことでした。

 

某メーカーがなにやらパソコンのイベントを行っていて僕も声をかけられたのでスタッフの方になんのイベントなのかを尋ねたところ、小学生向けにプログラミング教育に興味を持ってもらうことを目的としたパソコン体験でした。

 

イベントのスタッフの方曰くプログラミング教育の必修化の主な目的は小学生のときからプログラミング教育を行い論理的思考を養うためとのことです。

 

実際に僕もイベントに参加して体験してみたのですが、最初は簡単なアプリが用意されており”画面全体にマスがあり、あらかじめスタート地点に配置されたキャラクターをゴールまで到達するために2手だけで行うためにはどうしたらよいか?”そういったゲーム感覚で遊べるものでした。

 

ここで何が言いたいかというと、『たけしの挑戦状』は意図して論理的思考を養うものではなかったにせよ考える力を養うためには重要なゲームだったのではないか?ということです。

最初の攻略本のヒントこそが論理的思考を養うためのものではないか?という仮説

ここで『たけしの挑戦状』の攻略本の話に戻ります。

 

最初に発売された攻略本については具体的な内容についてはあまり書かれていませでした。

 

どちらかと言うと「◯◯がここにあると思う」や「◯◯は意味がない」または「◯◯は◯◯である」などの表現のため、それをどのように使う。

 

あるいはどこで使うなどの具体的な内容ではなくあくまでもプレイヤーに考えさせるためのものだったのではないかということです。

 

ただ、仮にそうだったとしても”常識はずれた結論”にたどり着くには至難なことです。

 

攻略そのものは不可能だったとしても正解のあるものにたどりつくために考える力というのは養えたのではないかと思います。

 

当時、小学生だった僕はそんな次元ではなく単純に”無理”だと認識し「クリアが不可能=クソゲー」と定義し多くの方がその定義について同じ意識になったのではないかと推測できます。

「たけしの挑戦状」のようにサラリーマンが辞表をたたきつける時代に突入!?

話を少しゲームの内容に触れます『たけしの挑戦状』をプレイされた方はご存じの方も多いと思いますが、ゲームの初期の段階で主人公はサラリーマンを退職し離婚をします。(正規ルートです)

 

そして、退職金でさまざまなスキルを身につけ宝探しに出ます。

 

30年前なら終身雇用を捨ててまで旅立つなんてことはほとんどありえないはずです。

 

ですが、現在は「終身雇用という安定の名の鎖」はなくなりつつあり、個人がどうあるべきかが問われている時代に突入しています。

 

働く人の多くがプロフェショナルになれば、必然的に会社と個人との関係は変化していくことでしょう。これまでの正社員を前提とした終身雇用的な関係から、フラットにつながりつつ、利益をシェアする関係が主流になるのです。また、既存のインターネットのみならず、AI(人工知能)やブロックチェーンなど、いままさに進行している技術革新もそれを後押しすることに。

 

一方、ベストセラー『LIFE SHIFT ライフ・シフト』(リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット著、東洋経済新報社)に示されていたように、今後は多くの人が100歳まで生きる社会が現実になる可能性があります。そうなれば、80歳程度の寿命を想定していた従来の就職や転職の仕組みも大きく変わることになります。なぜなら、「最初の20年で学び、その後40年働き、残りの20年は引退生活で自分の趣味を楽しむ」という前提が大きく崩れるから。

 

ずっと学び、ずっと働きながら、自分の趣味を全うする、しかも変化する時代のなかで、常に自分も変化し続けることが求められるということです。

出典:「転職活動」は毎年すべき。転職を「12回」繰り返してきたからこそ断言できること|ライフハッカー[日本版]

 

そもそも僕自身がサラリーマンとしての生活を20年続けてきたなかで感じた違和感がなんなのかを最近まではわからないでいました。

 

仕事をただ終わらせればいい。

 

仕事ができればいい。

 

「そして、老後は、、、、」

 

ただ、押し寄せる時代の波がなぜかそんな自分に違和感と絶え間ない不安を与え続けてこれからの将来について「お金」ではない何かがやってくるような感覚。

 

けれど、それが何かわからない不安と未来の自分が想像できないことに嘆いていました。

 

そして、近年、本を読むようになり気づいたことがありました。

 

一番大きく変わるであろうことは社会人になってからの「学び」ではないだろうかか?ということをこの記事を読んで強くそう思いました。

 

以下に参考の記事をリンクします。

多くの方が『やるべきこと』を長時間労働で時間を奪われてしまい。

 

『何がやるべきこと』で『何が本当にやりたいこと』なのか見失いがちです。

 

確かに『やるべきこと』が多すぎて学ぶことそのものがなかなか難しいように思えます。

 

僕は本来学ぶべき時期に多くの時間をゲームに費やしてしまったのでその点については多少なりかは後悔していますが、それでも今からでも学ぶことは遅くないと思っています。

夢を諦めるのはいつも自分だった

学ぶための手段の一つとして僕はブログを始めることにしました。

 

時代が変化していくなかで多くを学び僕自身がサラリーマンとしての生き方を辞める日が来るのかどうかはわかりませんが『人生においてやりたいこと』を見つけることができれば主人公のように夢を求めにいくのかもしれません。

 

僕自身、20代の頃に音楽でメジャーデビューを目指していた時期がありました。
(その当時はメジャーとインディーズの境界線はなかった)

 

そのような思いがあったのは事実でそのときは『辞表』をたたきつけずに二足のわらじのままで過ごしていました。

 

結果はご覧の通りです。

 

『たけしの挑戦状』のように何か大きな目的をもって別な何かを目指す場合にはそれなりの覚悟が必要なのかもしれません。

まとめ:『たけしの挑戦状』から学べた2つのこと

『たけしの挑戦状』には強い思入れがありました。

 

攻略本でビートたけしさんがゲームの本質について語られています。

 

あえて僕の言葉で言うならば”人生とは、はかないものである”といことです。

 

はかない故に何を学び人生を豊かにするか?そのために必要な知恵は何か?

 

「たけしの挑戦状」はある意味で”人生を生きたいように生きろ!人生は1回だけだからな!そのためには当然のことながら覚悟は必要だからな!”ということ、そして”難しいからといって諦めないで論理的思考で挑め”という2つのことを僕に教えてくれました。

あきとよ
あきとよ
おつかれさまでした!最後まで読んでくださりありがとうございます!

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あきとよ(@life_3_sikou)でした!